歌詞考察|宮本浩次「I AM HERO」 歌詞が問う正義の所有者は誰か?

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宮本浩次の新曲「I AM HERO」は10月31日より公開の映画『爆弾』の主題歌となっています。

取調室で進む“謎解きゲーム”と東京中で同時進行する爆弾捜索という、張り詰めた物語の呼吸に、この歌詞がどう噛み合うのか。

原作・映画の要点(スズキタゴサクという男、予知を装った“クイズ”、連鎖爆破の恐怖)を踏まえて、3つのフレーズから深掘りします。

この記事では「宮本浩次」の「I AM HERO(アイアムヒーロー)」の歌詞の意味について考察と歌詞に含まれるワードについての豆知識を書いています!

気軽に楽しみながら豆知識を増やしていきましょう〜!

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俺の野望 俺の絶望
俺の明日 さあ行くぜ
I AM HERO I AM HERO
I AM HERO I AM HERO

※歌詞は現時点で判明している部分を耳コピしたものになります。

それでは歌詞考察と豆知識を合わせて書いていきます!

「俺の野望/俺の絶望」——承認欲求と虚無の両輪

歌詞の“俺”は、タゴサクの二面性を圧縮して映します。

彼は「爆弾の在りか」を直接は言わず、クイズめいた誘導で捜査を翻弄しながら、都市全体を舞台に自分の物語を上演する。

そこに見えるのは、名前を刻みたい“野望”と、世界を破壊で均す“絶望”の併走です。

原作には「人は誰でも生涯で十五分間は有名人になれる」という有名なフレーズを想起させる記述があり、タゴサクの自己演出欲を補強します。

豆知識専門家
豆知識専門家

じつは「野望」は漢語で、“野”は「ひらけた場所」、“望”は「遠くを見渡すこと」。本来は「視野の広さ」を含む語でした。のちに「身分相応を越えた望み」というニュアンスが強まります。

生徒
生徒

単なる“欲深さ”じゃなくて、「見晴らし」から来ているんですね。

豆知識専門家
豆知識専門家

対になる「絶望」は仏教語の影響が濃く、救い(望み)が断たれた“無明”の状態を指すとされます。明暗の対語が、歌詞では一拍で並置される。

生徒
生徒

語源から見ると、タゴサクの「広く見渡したい野望」と「何も見えない絶望」が同居してる怖さが立ち上がりますね。

「俺の明日/さあ行くぜ」——“リアルタイム”の倫理

『爆弾』は、取調室の心理戦と街で進む捜索が同時進行する“現在進行形”のスリラーです。

歌詞の「明日」は救済の約束に聞こえる一方、映画世界では「1時間ごとに起きる爆発」という刻限が支配しており、「さあ行くぜ」は時間に追い立てられる捜査側の呼吸とも、舞台を支配したいタゴサクの掛け声とも重なります。

つまりこのフレーズは、加害と抑止、どちらの立場からも発せられうる“危険な未来形”。

作品の「正義は守れるのか?」という命題が、わずか7音で凝縮されているのです。

生徒
生徒

「明日」って読みが複数ありますよね。

豆知識専門家
豆知識専門家

あります。「あした」「あす」「みょうにち」。和語(あした)と漢語(みょうにち)が併存する珍しい語で、儀礼や公的文書では「明日=みょうにち」が多用されてきました。

生徒
生徒

たしかに“公と私”の二層がある感じ。

豆知識専門家
豆知識専門家

歌は私的な「俺」と公的な“危機対応”の境界を行き来します。
この二層性が、物語の「個人の欲/公共の安全」という衝突にきれいに呼応します。

「I AM HERO」——誰が“ヒーロー”を名乗る権利を持つのか

同語反復のコーラスは、宣言文としての自己暗示(パフォーマティブ)です。
だが『爆弾』の世界では、その宣言が真に似つかわしいのは誰かが揺らぐ。

市民を守ろうとする刑事か、物語の主導権を握るタゴサクか、あるいは“判断を委ねられた私たち”か。

英語“hero”は古典ギリシャ語の「神話的半神・守護者」に遡りますが、日本語ポップスでの「ヒーロー」はしばしば「正義の体現者」から「アイロニカルな自称」まで振れ幅を持ちます。

だからこのタイトルは、意味を一者に固定しない“問い”として機能している——ここが肝です。

豆知識専門家
豆知識専門家

「I AM」を繰り返す修辞は“エピゼウクシス(同語反復)”。意味より効果を優先し、情動を押し出す技法です。

生徒
生徒

意味を詰め込むより、“名乗り”の勢いで押す感じ。

豆知識専門家
豆知識専門家

映画の予告編や資料でも「正義は守れるのか」と問うており、名乗った瞬間にその重みが自分に返ってくる。

生徒
生徒

だから“誰が言うか”が試されるんですね。

この歌詞は、物語の核心「正義の所有者は誰か?」を、宣言と反問の往復で鳴らします。

「俺の野望/俺の絶望」は、承認欲求と虚無の両輪としてのタゴサクと、彼に対峙する捜査側の影も映す。
「俺の明日/さあ行くぜ」は、リアルタイムに迫る倫理と決断の呼吸。
「I AM HERO」の反復は、名乗る者に責任を背負わせる装置であり、観客にも“あなたはどう振る舞う?”と突きつける。

記事タイトルで掲げた「正義の所有者は誰か?」という問いは、最後まで単独の答えを持たず、むしろ私たちの選び方で意味が定まる——そうした“開かれたヒーロー像”こそが、この主題歌と映画の共鳴点です。

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