歌詞考察|マルシィ「隣で」『ラブソング』の答えを描くアンサーソングを深読み

音楽と豆知識
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マルシィの新曲「隣で」はマルシィの代表曲「ラブソング」のその先へ、“隣にいる幸せ”を歌うアンサーソングとなっています。

この記事では「マルシィ」の「隣で」の歌詞の意味について考察と歌詞に含まれるワードについての豆知識を書いています!

気軽に楽しみながら豆知識を増やしていきましょう〜!

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「いつまでも一緒だよ」
君の言葉を疑うそんな僕もいたけど
人生で一番が増えていくのは
君がいる限り続くんだろう

運命のふたりは
きっと離れかけたりして
また結ばれたりするって
心がくっつきすぎて
ぶつかり合ったとしても
結んだままで

隣でみる君のその仕草表情と
吸い込まれるように恋に落ちて
全世界が敵になったって
僕が一緒にいるから

枯れることのない
あたたかい愛が溢れて
潤んだ言葉で君に誓うよ
きっと説得力もないけれど
どんなことがあっても僕は
愛してるよ

どれだけの褒め言葉かき集めても
足りない語り尽くせやしない
魔法がかった日々と君の笑みを
手探りでも紡いでいきたい

冷えた夜にさ
声を聞きたくなるのは
抱きしめて欲しいのは君で
もしも同じだったらずっと一緒にいようよ
どこまででも

隣でみる君のその仕草表情で
愛というものの正体に気づいて
僕の答えは君だよ
何度考えたって君なんだよ

枯れることのない花束
そんな日常に
愛を注ぎ寄り添い合っていようよ
君なしじゃ星も見えない
眩しくて柔らかくて綺麗な人
愛してるよ

それでは歌詞考察と豆知識を合わせて書いていきます!

運命の続きとしての「隣で」

「いつまでも一緒だよ」
この言葉を「疑うそんな僕もいたけど」という出だしが印象的です。
『ラブソング』では、「運命だってそう決めようよ」と強い確信と希望の中で愛を誓っていました。
しかし今作『隣で』では、その“運命”を疑う人間らしさが描かれています。

つまり、『隣で』は「永遠を信じたいけど、信じきれない」心の葛藤の歌。
“誓う”よりも、“確かめ続ける”愛へと変化しているのです。

この変化は、「恋」から「愛」への成熟の過程でもあります。
ラブソングが“約束”の歌だったのに対し、隣では“確認”の歌。
愛は静かに、日常の中に根を下ろしている。

豆知識専門家
豆知識専門家

“隣”という語は、古語で「となり(隣)」と書き、「共に成り立つ」ことを意味します。
もともと「となる」は「一緒に並ぶ」「寄り添う」という動詞でした。
つまり“隣で”とは「恋人の横にいる」という単なる位置ではなく、「共に存在する」という深い関係性の象徴なのです。
“運命”のような抽象的な縁よりも、今まさに“隣にいる”という確かさこそが愛の証。
それがこの曲のテーマと言えます。

愛の“孤立”と“共存”の狭間にある真実

この一節、「全世界が敵になったって僕が一緒にいるから」は、一見ロマンチックなフレーズですが、実はとても危うい。
“ふたりだけの世界”という閉じた構図は、恋愛の幸福と同時に、他者からの孤立も意味します。
前作『ラブソング』では“社会と共にある恋”が描かれていました。
休日の昼下がり、二度寝、映画の続きを見る――あの「日常」は、社会に根差した穏やかな愛でした。
しかし『隣で』では、「世界」そのものが敵になる。
これは「愛という共同体」が、他者との関係を断ってでも守りたい領域に入ったことを意味しています。

豆知識専門家
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「敵」という語は、古くは仏教用語「怨敵(おんてき)」に由来し、「悟りを妨げる存在」という意味がありました。
つまり、“全世界が敵になったって”という言葉は、“すべての雑音を消してでも君だけを見つめたい”という“俗世からの離脱”を意味します。
この精神構造は、仏教の“煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)”──煩悩(恋愛や執着)を通して悟りに至るという考え方にも通じます。
恋の中で迷いながらも、君を愛することそのものが“悟り”に近い行為として描かれているのです。

“変わらない”より“育ち続ける”愛

“枯れることのない花束”という比喩は、非常に象徴的です。
前作『ラブソング』の中でも“花”や“しわしわになってもお出かけしたい”というフレーズで、「時を経ても美しい関係」が描かれていました。
その延長線上にある“枯れない花”とは、「変化を受け入れながらも続く愛」。
つまり、“永遠”ではなく“生き続ける愛”を表しています。

豆知識専門家
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花束(bouquet)という言葉は、フランス語の「bouquet(ブケ)」に由来し、もともとは「木立」「小さな森」という意味でした。
つまり“花束”とは“切り取られた自然”なのです。
花束が“枯れない”というのは、自然の摂理を超えた奇跡。
この比喩は、恋が理屈を超えた領域にあることを象徴しています。
また、日本では“花を贈る”という文化は平安時代の貴族社会からあり、花は「心を伝える言葉」として使われてきました。
“枯れない花束”とは、言葉が尽きても続く心の象徴なのです。

『ラブソング』が「運命を信じよう」と誓った歌なら、
『隣で』は「運命を確かめ続けよう」と生きる歌です。
運命とは、一度決めたら終わりではなく、“選び続けること”で成立する。
恋が奇跡なら、愛は日常。
その日常の中で「隣にいる」という事実こそ、最も確かな永遠なのです。

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